ハートリー原子単位系

ハートリー原子単位系とは

量子力学の数値計算ではハートリー原子単位系で計算を扱うことが多いです。

ハートリー原子単位系を一言で説明するなら、電子のシュレディンガー方程式に出てくる主な物理定数、すなわちプランク定数、電気素量、電子の質量を全て 1 と見なす単位系です。
\[
\hbar = m_e = e = 1
\]

また、この際、他分野で一般的な MKSA 単位系ではなく、ガウス単位系 (CGS 単位系) でのマックスウェル方程式が成立するように単位を選ぶことが多いです。これは、たとえば 2 つの電荷\(q\)、\(q^{\prime}\) の間に働く力 \(F\) を表すクーロンの法則が、真空の誘電率\(\varepsilon_0\)なしで、次のように書けるということです。
\[
F = \frac{q q^{\prime}}{r^2}
\]

この「ガウス単位系におけるマックスウェル方程式が成立するハートリー原子単位系」を、単に「ハートリー原子単位系」もしくは「原子単位系」と呼ぶことが多いです。

本文章でも、以下で「ハートリー原子単位系」と単に言った場合には「ガウス単位系におけるマックスウェル方程式が成立するハートリー原子単位系」を指すことにします。

この単位系は電子の世界を表すのにとても便利な単位系になります。

ハートリー原子単位系における物理単位

ハートリー原子単位系の基本単位

まずはハートリー原子単位系の物理量の次元をチェックしてみましょう。

プランク定数\(\hbar\)の次元はガウス単位系でも MKSA 単位系でも共通で次のようになります。
\[
[\hbar] = [L^2 M T^{-1}] \label{eq:hbar}
\]
ここで\(L\)、\(M\)、\(T\) はそれぞれ長さ、質量、時間の次元を表します。

電子の電荷の次元はガウス単位系と MKSA 単位系とで異なりますが、ガウス単位系では以下のようになります。
\[
[e] = [L^{3/2}M^{1/2}T^{-1}] \label{eq:electron-charge}
\]

電子の重さの次元は素直に重さです。
\[
[m_e] = [M] \label{eq:electron-mass}
\]

これらの基本単位を用いて、他の物理単位を導出していきます。

長さ

ハートリー単位系の基本単位には長さの次元の物理量がありませんので、他の物理単位から導出する必要があります。

\eqref{eq:hbar}、\eqref{eq:electron-charge}、\eqref{eq:electron-mass} から \(M\)、\(T\)を消去すると以下の式が得られます。

\[
[L] = [\hbar^{2} m_e^{-1} e^{-2}]
\]

右辺はボーア半径と呼ばれるもので \(a_0\) と表記します。
\[
a_0 =  \frac {\hbar^2}{m_e e^2}
\]
これは古典的な水素原子における陽子と電子の間の距離に一致しています。

なお、MKSA 単位系ではボーア半径は次のようになります。
\[
a_0 =  \frac {4\pi \varepsilon_0 \hbar^2}{m_e e^2}
\]

エネルギー

エネルギーの次元は SI 単位系で \([L^{-2}MT^{-2}]\) です。
\[
[L^{-2}MT^{-2}] = [e^{2} L^{-1}] = [e^{2} a_0^{-1}]
\]

右辺は「ハートリーエネルギー」もしくは単に「ハートリー」と呼ばれ、水素原子において電子と陽子がボーア半径だけ離れたときの静電ポテンシャルエネルギーに対応します。
\[
E_\mathrm H = \frac{e^2}{a_0}
\]

MKSA 単位系ではハートリーエネルギーは以下のように定義されます。
\[
E_\mathrm H = \frac{e^2}{4 \pi \varepsilon_0 a_0}
\]

時間

プランク定数の次元が \([\mathrm{J}\cdot \mathrm{s}]\) であることに注意すれば、これからエネルギーを除したものが、ハートリー原子単位系の時間単位になります。
\[
[T] = [\hbar E_\mathrm{H}^{-1} ]
\]
この単位はハートリー時間\(t_\mathrm{H}\)と呼ばれることがあります。
\[
t_\mathrm{H} = \frac{\hbar}{E_\mathrm{H}}
\]

速さ

長さを時間で除すれば速さの次元になります。
\[
[L T^{-1}] = [a_0 \hbar^{-1} E_\mathrm{H} ] = [e^2 \hbar^{-1}]
\]
結局、ハートリー原子単位系での速さの単位\(\upsilon_\mathrm{H}\)は次の式で表されます。
\[
\upsilon_\mathrm{H} = \frac{e^2}{\hbar} = \alpha c
\]
ここで \(\alpha\) は微細構造定数とよばれる無次元量で、ガウス単位系では以下の式で表されます。
\[
\alpha^{-1} = \frac{\hbar c}{e^2} = 137.036
\]
つまりハートリー原子単位系では、光速が 137 ぐらいになります。

MKSA 単位系では以下のように定義されます。
\[
\upsilon_\mathrm{H} = \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0 \hbar} = \alpha c
\]

ハートリー原子単位系の物理量の単位

参考までにハートリー原子単位系と SI 単位系との換算は以下のようになります。

仕事 プランク定数 \(\hbar\) \(\mathrm {1.054571\times10^{-34}J \cdot s}\)
質量 電子の静止質量 \(m_e\) \(\mathrm {9.109 \times 10^{-31} kg}\)
長さ ボーア半径 \(\mathrm a_0\) \(\mathrm {5.291 \times 10^{-11} m}\)
電荷 電気素量 \(e\) \(\mathrm {1.602 \times 10^{-19} C}\)
エネルギー ハートリー \(E_\mathrm H\) \(\mathrm{4.359\times 10^{-18} J}\)
時間 ハートリー時間 \(\hbar/E_\mathrm H\) \(\mathrm{2.418\times 10^{-17} s}\)
速さ \(\alpha c\) \(\mathrm{2.188\times 10^{6} m\cdot s^{-1}}\)

ハートリー原子単位系の表記

ハートリー原子単位系で値を書く場合は、以下の例のように \(a_0\) なり \(e\) なり、上記の表で単位として書いた記号を後ろに単位として書きます。
\[\begin{gather}
3.5\, [a_0]\\
3 \,[e]
\end{gather}
\]
atomic unit を表す a.u. で単位を表記する流儀が存在するというウワサもありますが、これだと次元が分かりませし、他分野で使われる任意単位 (arbitrary unit) と混同しやすいです。

また、次元を明記したいときは \(\mathrm {2.5\, [a.u. (長さ)]}\) と表示すればいいという主張もありますが、それは 1 メートルを \(\mathrm{1\,[SI (長さ)]}\) と表記すればいいと主張しているも同義なので、世間一般の単位の表記ルールを大幅に外れています。

論文の表記で使われる単位

ハートリー原子単位系は計算ではよく使われますが、実際に論文やプレゼンテーションで表記する場合、特に長さとエネルギーについては実際に、そのままではあまり使われないようです。

実際に長さやエネルギーでよく使われるのは、以下の単位でしょう。

長さ nm もしくは Å (\(=\mathrm{10^{-10}m}\))
エネルギー eV もしくは Ry

エネルギーについては、電子ボルト eV やリュードベリ定数 Ry が表記する際の単位としてはよく使われます。ハートリーエネルギー、リュードベリ定数、および電子ボルトの関係は以下のようになっています。
\[
E_\mathrm H = 2\,\mathrm {Ry} = 27.211396\,e\mathrm V
\]

リュードベリ原子単位系

ハートリー原子単位系の他にリュードベリ原子単位系と呼ばれる単位系があります。

この単位系ではエネルギーの単位としてハートリーエネルギー \(E_\mathrm{H}\) の代わりにリュードベリ定数 Ry を使います。

そこでハートリー原子単位系をベースに、エネルギーだけリュードベリ定数にした単位系が「リュードベリ原子単位系」だと思っている人が多いですが誤解です。

実はリュードベリ原子単位系では、ハートリー原子単位系と電荷の単位も変わっていて \(1/\sqrt 2\)倍されています。つまり、リュードベリ原子単位系で電子は電荷\(\sqrt 2\) を持ちます。

原子単位系とその他の単位系のマクスウェル方程式
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