映画「この世界の片隅に」 感想

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映画「この世界の片隅に」を観てきたので感想でも書いてみます。

一言で表すなら、心に来るものがあります。私個人の体験を言うなら、この映画を観た後、しばらく動けませんでした。

見に行ったきっかけ

「榛名が出てるらしいよ」

と知り合いから映画「この世界の片隅に」の存在を聞いたのは金曜日の夕方でした。

一時期はブラウザゲームの「艦これ」にハマっていた時期もありましたので、「榛名」が第二次世界大戦の戦艦であることぐらいの知識はあります。

ほほぅ、と少し興味がわいたので、ちょっと調べてみると、戦時の軍港だった呉での日常を描いた映画なのだとか。

日本の第2次世界大戦の戦争映画というと、親しい人が死んでお涙頂戴というストーリーになるのが見えているので、正直苦手です。とはいえ、まあ軍艦が出てくるならそれを眺めるだけでも元が取れるかと思って、土曜日のレイトショーで観に行くことにしました。

ちなみに観た後で分かったことですが「榛名」は劇中では名前が出てきません。戦艦の姿だけで区別できるほど知識があるわけではないので、アレのことかなと予想するのが精一杯でした。情けないです。

軍艦ではなく軍港が描かれている

というわけで軍艦目当てに観に行ったわけですが、残念ながら「この世界の片隅に」は軍艦をじっくり眺められるようなシーンはほとんどありませんでした。

劇中では戦艦大和や重巡の利根や青葉が登場していて、他にも空母や潜水母艦なども名前だけは出てきますが、だからといって、戦闘シーンがあるわけでもないし、全体が眺められるシーンも数えられるほどしかありません。

しかし、一方でこの映画では軍艦の代わりに軍港がとてもよく描かれていました。

主人公のすずは呉港が見下ろせる丘の家に嫁ぐのですが、ここから眺める軍港の様子が戦況の推移を効果的に表現しているのです。

物語の序盤では多種多様な艦船が浮かぶ軍港が描かれ、その後、戦艦大和が出てきて最盛期を迎えますが、しかし終盤に向かうにつれて艦船の数も減り、大和が撃沈されたことを知らされ、最後には砲塔だけ水面に出して着底した軍艦の姿が描かれて終戦を迎えます。

また、中盤で戦況が悪くなってきた頃、すずが軍港をスケッチしようとしたところ、憲兵にスケッチブックを取り上げられて、家族もろともスパイ容疑で半日しぼられるという風に、さまざまなエピソードにからんできます。

きちんと戦中の軍港という舞台をリアリティを持って描いているという意味で、出色の映画だと思います。

普通の人が普通でいられなくなる

その主人公のすずですが、劇中に最初に登場した頃は、純朴が服を着て歩いているような女性で描かれています。

しかし、戦争は彼女を純朴のままでいさせてくれません。食糧不足、空襲、建物疎開、行方不明になる家族、目の前での義姪の死、実家のある広島への原爆投下、と状況は転げ落ちるように悪化していきます。

途中、二度と会えるか分からない仲の良い軍人から最後に「お前だけは普通のままでいてくれ」とお願いされます。しかし、その後の数々の出来事は彼女にそのお願いをかなえさせることすらできません。

そして終戦の玉音放送。

他の主婦たちが「広島と長崎に新型爆弾を落とされたし仕方ない」と言っている中で、すずが「最後の一人まで戦うんじゃなかったの、まだここに 5 人もいるのに」と声を荒げるシーンで、あの純朴だったすずの心が、すでに壊れていたことが明らかになります。

そして、気丈だった義姉は、誰にも見られないところで、失った娘を思い号泣します。ある意味、日本が勝つために、娘は犠牲になったのだと言い聞かせていたのかもしれません。愛娘は何のために死んだのか、義姉にとっても、あらためてそれに回答をださなくてはいけなくなったのです。

お涙頂戴ではある、ただそれだけではない

戦争映画だし、テーマとして誰かが死ななくてはならないだろうというのは、まあ、覚悟の上で観に行ったわけです。

実際に、親しかった人が死亡するエピソードはあります。義姪もそうですし、実家の家族の全員死亡も陰に陽に描かれています。

しかし「世界の片隅で」はただ人が死ぬ悲劇だけを描いたわけではありません。

戦争が、すずと義姉の心に痛手を残したのは上に書いたとおりですが、あらためて生きる希望を見いだして進んでいくための道も、最後に明らかになります。言うなれば、人を失うことで心が壊れるのなら、人の絆で心を直すことができるのかもしれません。

その人の絆とは、戦時に築いたものでもあり、戦後に築くものでもあります。

願わくば、戦後の日本がすずとその家族に優しくありますように。

参考

 

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