かけ算の順序を守ることはコーディング・ルールを守ること

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ちょっと前に かけ算の順序はむやみに変えたらいけないし 3.9 + 5.1 は 9.0 ではなくて 9 であるという記事を書いたのですが、そこで書きそびれたことを書いておきます。

かけ算の順序は中学生でもある

かけ算の順序に関する規則は小学生だけと思っている人もいますが、実は中学生にもあります。

いわゆる文字式です。文字式のかけ算には以下のルールがあることは、ご存知な人も多いでしょうね。

  • かけ算の×を省略する : \(3 \times a = 3a\)
  • 数字が前で文字が後ろ : \(2 \times b = 2b \) で \(b2\) は誤り
  • 文字はアルファベット順におく : \(a \times c \times b = abc \) で \(cba\) は減点対象

かけ算の順序に意味がないのだから、\(cba\) でも \(abc\) でも変わらないわけですが、中学1年生に「\(cba\) でいいよ」と教える家庭教師がいたらクビにした方がいいと思います。

それでも \(cba\) でも構わないという人も中にはいるでしょうが、\(x^2y\) を \(xyx\) で OK という過激派はほとんどいないでしょうね。かけ算の順序にこだわらないのなら一緒なのですが。

でも文字式の順番なんて本当はどうでもいい

でも実務で文字式を使う場合は、文字式でも順番なんて気にしません。

たとえば、以下の式を展開するとします。
\[
(x + y + z)^2 \label{eq:expansion}
\]
テストでなかったら、私は以下のように展開するでしょう。
\[
(x + y + z)^2 = x^2 + y^2 + z^2 + 2(xy + yz + zx)
\]
でもこれが中学生向けのテストで「式 \eqref{eq:expansion} を展開せよ」という問題だったら、次のように展開して減点を避けると思います。
\[
(x + y + z)^2 = x^2 + y^2 + z^2 + 2xy + 2yz + 2xz
\]
これは別に数学的に正しいとか美しいとかは全く関係ありません。

出題者が解答のルールを定めているのですから、それに従って解答するだけです。

出題者が求めるルールとはコーディング・ルール

プログラムが分かる人の場合、これはコーディング・ルールに似ていると感じる人もいると思います。

コーディング・ルールというと、たとえば C++ 言語では以下のようなものがあります。

  • インデントはタブ文字か空白文字か、8 文字分か 4 文字分か
  • 関数の名前を大文字で始めるか小文字で始めるか
  • auto を使うか、型を明示するか

ここら辺は絶対的な正解などありませんが、定められていたら、それに従う必要があります。

「自分の好きなコーディング・ルールではインデントが 8 文字なのだ!」といっても、まわりが 4 文字だったらインデントは 4 文字に直さなければ、修正を取り込んではもらえないでしょう。

出題者が求めるルールとは作文作法

プログラムを知らない人でも、作文作法といえばわかるかもしれません。

日本語作文で段落を変える場合には、私の知る限り 3 種類ぐらいの流儀があります。

  • 改行して行頭に 1 文字分の空白を入れる。
  • 改行して空行をはさむ。
  • 改行して空行をはさんで、さらに行頭に 1 文字分の空白を入れる。

他にも 。」 を1文字で記入するか、2文字で記入するか、あるいは句点を省略するか、という話もあるでしょう。

実際のところ、正解などありませんが、学校のテストでは出題者が求める流儀に従って、マス目を埋める必要があります。そのルールに従わないときに減点されるのは、まあ当然でしょうね。

正しくても使ってはいけないルール

どうせ学年が進めば普通に使って良い正しい定理を、どうして学習のある時期だけ使ってはいけないのだ、と思う人もいるでしょう。

それは算数だろうが数学だろうが、正しければ使って良いという学問ではないからです。次の問題を考えてみましょう。

三角形の内角の和はいくつでしょうか。

三角形の内角の和

三角形の内角の和

答え自体は誰でも知っているとおり、180°です。これを証明してみましょう。

スタンダードな証明

一番スタンダードな証明は次のようなものでしょう。

三角形の内角の和が180°であることの証明

三角形の内角の和が180°であることの証明。

\[\begin{align}
&\bigtriangleup \mathrm{ABC} の底辺 \mathrm{BC} と補助線 \mathrm{DE} は平行 \label{eq:parallel}\\
&\eqref{eq:parallel} より錯角なので \angle \mathrm{ABC} = \angle \mathrm{DAB} \label{eq:lemma1}\\
&\eqref{eq:parallel} より錯角なので \angle \mathrm{BCA} = \angle \mathrm{EAC} \label{eq:lemma2}
\end{align}\]
よって\eqref{eq:lemma1} と \eqref{eq:lemma2} より
\[\begin{align}
\angle \mathrm{ABC} + \angle \mathrm{BCA} + \angle \mathrm{CAB}
&= \angle \mathrm{DAB} + \angle \mathrm{EAC} + \angle \mathrm{CAB}\nonumber \\
&= \angle \mathrm{DAE} = 180^\circ\\
\end{align}\]

スタンダードでない証明?

ところで「三角形の外角は他の二つの内角の和に等しい」という「正しい」定理があります。これが使えれば、もっと簡単に証明できます。

三角形の内角の和が180°であることの証明?

三角形の内角の和が180°であることの証明?。

\[\begin{align}
&\bigtriangleup \mathrm{ABC} の外角なので \angle \mathrm{ABD} = \angle \mathrm{BCA} + \angle \mathrm{CAB} \label{eq:lemma3}\\
\end{align}\]
よって
\[\begin{align}
\angle \mathrm{ABC} + \angle \mathrm{BCA} + \angle \mathrm{CAB}
&= \angle \mathrm{ABC} + \angle \mathrm{ABD} \nonumber\\
&= \angle \mathrm{DBC} = 180^\circ\\
\end{align}\]

確かに簡単に証明できましたね。でもこの証明って正しいのでしょうか。

正しい定理でも使ってはいけない

実は「三角形の外角がその他の内角の和に等しい」ことは、三角形の内角の和が180°であることの証明に使ってはいけません。

なぜなら「三角形の外角がその他の内角の和に等しい」ことを証明しようと思うと、三角形の内角の和が180°であることを使わざるを得ないからです。つまり実は、2番目の証明は、証明しようとする性質を利用してその性質を証明しているという循環論法が発生しています。

算数でも数学でも、どこまでの性質を前提として使っていいか、というのをきちんと認識しながら学習を進める必要があります。この際、もっとも直感的で分かりやすいのが「授業で習ったところまでは使ってよい」ということなのです。

むしろ小学生のうちに「授業で習ったところまでは使ってよい」という制限をきちんと体得していないと、公理から定理を導くこと、つまり何が前提で何が結論かという論理的な思考を身につけることが難しくなるでしょう。

現在の学習指導要領では、かけ算は 2 年生で習いますが、かけ算の交換則は 3 年生で習います。それなら、それまではかけ算を交換してはいけないのです。

長方形の面積を考えれば縦と横を交換しても変わらないのは自明だと思うかもしれません。しかし、長方形の面積が 90° 回転しても変わらないことを、かけ算の交換則を使わずに証明できる人以外は、三角形の外角と同じ過ちを踏んでいることに気づくべきです。

算数や数学のルールは解答を一意にするため

算数や数学においては、解答の仕方がたいてい無限にありますので、それを一通りにするためにある種のルールが定められているわけです。

たとえば文字式で\(abc\) でも \(bac\) でも \(cba\) でもいいとすると、採点者が大変ですよね。

テストを受ける人は、相手のルールに則る必要があるのは、どんな世界でもそうです。自分の知っているフットボールではボールを掴んでタックルしてもいいのだと、サッカーの試合で主張しても笑われるだけです。

また、小学生でかけ算の順序を定めるのは、立式が一意になってテストにおける採点を楽にするとともに、かけ算の理解度を試すことができる利点もあるという意味で、それなりに妥当だというのは前回の記事で説明したとおりです。

かけ算の意味も理解していないのに、数字とかけ算記号を並べるだけで正解になるというのは、教育的に本当にいいのですかね。

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参考

 

かけ算の順序を守ることはコーディング・ルールを守ること」への1件のフィードバック

  1. >現在の学習指導要領では、かけ算は 2 年生で習いますが、かけ算の交換則は 3 年生で習います。それなら、それまではかけ算を交換してはいけないのです。

    かけ算の交換則は2 年生で習いますよ。確か教科書では九九の半分を終えたあたりに載っていたと思います。

    現行学習指導要領
    〔第2学年〕
    2 内容
    A 数と計算
    (3) 乗法の意味について理解し,それを用いることができるようにする。
    3 内容の取扱い
    (4) 内容の「A数と計算」の(3)のイについては,乗数が1ずつ増えるときの積の増え方や”交換法則”を取り扱うものとする。

    >かけ算の意味も理解していないのに、数字とかけ算記号を並べるだけで正解になるというのは、教育的に本当にいいのですかね。

    順序で掛け算の理解度は試せません。「答えと単位が同じものが先にくるよう並べるのがコーディングルール」とだけ思ってる人が結構います。コーティングルールを守った上で数字とかけ算記号を並べるだけです。
    逆に、掛け算は理解しながらも、トランプ配りやアレイ図で考えたり、コーディングルールの方を理解できなかったりして、逆順で書く子もいます。
    乗法が用いられる場合か否かを問う問題を出したり、問題文に3つ以上の数字を入れたり、図を描かせたり。理解していないのに並べるだけというのが駄目だとしても、順序を定めるより良い方法があるでしょう。

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